大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)7128号 判決 1990年10月22日

原告

前田治美

右訴訟代理人弁護士

鈴木隆

右訴訟復代理人弁護士

本谷康人

被告

株式会社共信

右代表者代表取締役

伊藤彌三郎

右訴訟代理人弁護士

浅野正浩

右訴訟復代理人弁護士

吉田大地

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、昭和六〇年八月二六日から原告を復職させるまで毎月二五日限り一か月金三六万三三一九円を支払え。

第二事案の概要

本件は、クリーニング業者向けの洗剤等の製造、販売等を主たる営業内容とする被告会社に昭和三五年に雇用され、大阪、名古屋、東京の各営業所勤務を経て、昭和五〇年ころから被告大阪支店で勤務し、昭和五五年からは被告とその取締役らが株式を保有する被告の子会社である株式会社ナスコの業務を担当していた原告が、昭和六〇年八月二六日、背任行為、職務怠慢、無断欠勤の連続を理由として(被告が主張する具体的行為は、(一)(1)株式会社ナスコが実在の企業であるタマヤ株式会社と取引関係があるのを奇貨として、これと名称の紛らわしい「タマヤ商会」なる架空名義を用いた経理操作により金員を領得することを思い立ち、光造博と共謀の上、「東大阪市渋川町二丁目二番二八号タマヤ商会」と記したゴム印を作り、これを請求書や領収書に押捺して、あたかも「タマヤ商会」から株式会社ナスコの社名入りダンボール・パッケージを購入してその代金を支払ったかのような外形を作出した上、昭和五七年六月から昭和五八年一一月までの間に振出人を株式会社ナスコ、受取人を「タマヤ商会」とする額面合計七一七万〇〇〇九円の手形・小切手を振り出して光造博に交付し、その見返りとして同人から金員を受領した、(2)昭和五八年一〇月ころ、光造博に前同様のダンボール・パッケージの購入代金の一部を着服することを持ち掛け、たまたま倉島化学工業有限会社難波正の名刺を持っていたことから、光造博と共謀して、「倉島紙器工業所」名のゴム印と「難波正」名の印鑑を作り、以後、昭和六〇年七月ころまでの間、実際には、右ダンボール・パッケージを株式会社明和紙器工業所に製造させて購入しながら、「倉島紙器工業所」から、株式会社明和紙器工業所からの実際の購入代金額より一〇ないし一五パーセント上回る価格で購入しているかのように装って、その旨記載した請求書や領収書等を作成し、毎月六万円ないし八万円程度生ずる差額の一部を光造博からの分配を受けて領得した、(二)株式会社ナスコの下請業者である光造博が、株式会社ナスコの原材料を用いて製造し、専ら同社に納入すべき商品であるスカート吊りやワイヤー・ハンガー等を、被告の元従業員である荒川、笠、長谷川らに対して、昭和六〇年三月ころから同年一〇月ころまでの間、不正に出荷し、荒川らが、これを被告の得意先に売却して代金を領得した際、光造博の右のような不正出荷の事実を知りながらこれを容認し、自らも運送会社の倉庫等に保管中の右商品について不正な出荷指示をして、これに加担した、(三)幸収が前に屋号として用いていた「日幸商会」なる名称を冒用し、「合成樹脂原料販売 日幸商会寝屋川市高柳三丁目八―六」と記したゴム印を作り、右ゴム印を押捺して、昭和五九年一一月二二日付納品書、請求書、領収書、同年一二月一七日付納品書、請求書、領収書を偽造するとともに、これに見合う株式会社ナスコの出金伝票二通を作成し、あたかも株式会社ナスコが「日幸商会」からPP樹脂をそれぞれ代金一六万円で二度にわたって購入したかのような外形を作出し、株式会社ナスコの現金三二万円を領得した、(四)昭和六〇年七月一一日までの間に、株式会社ナスコの現金五七万三三一二円を一時流用した、(五)株式会社ナスコの経理事務に関して作成すべき昭和六〇年四月以降の振替伝票、合計残高試算表、在庫表その他の作成を怠り、また、同社の決算期が五月末であり、その法人税の申告期限が七月末であるところから、株式会社ナスコの取締役伊藤鐵太郎から決算書作成に必要な会計帳簿類を同年七月一三日までに担当税理士あて送付するよう命ぜられたのに、これに従わず、同社のその期の正確な決算書作成を不能ならしめた、(六)昭和六〇年七月二二日から同年八月二六日まで、上司の度々の出社命令にもかかわらず、無断欠勤を続けた、というものであり、右(一)ないし(四)の各行為は別紙記載(略)被告就業規則五五条(11)、(13)に、右(五)の行為は同就業規則五五条(1)に、右(六)の行為は同就業規則五五条(3)にそれぞれ該当すると被告は主張する。)、懲戒解雇されたのに対し、懲戒解雇の事由中、(一)については、光造博が自己の才覚によってダンボール・パッケージの仕入れからマージンを取得する手段として考え出したからくりであって、原告は関与していないし、当該ダンボール・パッケージの価格は従前の購入先からの仕入れ価格より安価であったから、被告にも株式会社ナスコにも実損は生じていない、(二)については、原告は関与していないし、出荷された商品は、光造博が、独自に調達した原材料を用いて製造したものもあり、また、株式会社ナスコの原材料を消費した場合にはその補填をしているから、出荷に際して要した運賃を株式会社ナスコに負担させたほかには同社に実損は生じていない、(三)については、昭和六〇年七月に原告の後任の番唯喜に事務の引継ぎをした際、現金出納帳の残金が四〇万円ないし五〇万円位と思っていたところ、計算してみると一〇〇万円を超える金額になってしまったため、窮余「日幸商会」名義のゴム印を作り、これを押捺するなどして領収書等を作成して合計三二万円の支払があったかのように仮装して帳尻を合わせて清算したもので、現金を領得はしていない、(四)については、右事務引継ぎの際、接待交際費を中心とする仮払金の調査、整理をしたが、これに先立って伊藤鐵太郎に普通預金通帳を取り上げられていたために、帳簿の整理が十分にできず、後日清算の形をとらざるを得なかっただけで、金銭の流用はしていない、(五)については、伊藤鐵太郎から被告主張のように命ぜられたことはないし、会計帳簿類の作成が遅延したのは、株式会社ナスコの代表取締役大熊導の解任により、原告が指針について混乱していたからで、業務上の重大な失態とはいえない、(六)については、伊藤鐵太郎から昭和六〇年六月一三日に普通預金通帳を取り上げられ、同月二五日に伊藤鐵太郎から三か月間社を休めと言われ、直ちにはその指示に従わないでいたものの、同様のことを度々言われたために、同年七月一五日から三日間の休暇をとり、その後、欠勤が多くなったもので、もともとは被告からの指示に従った形での欠勤であるなどと主張し、被告主張の各事由は、仮にそのとおり認められたとしても主として株式会社ナスコに対する事由で、被告の就業規則の当該懲戒解雇事由には該当しない、仮に該当するとしても、本件解雇は、被告が、そのころ被告と同種営業を開始するために設立されたニックス株式会社の大熊導に与する者と見做した原告のささいな行為を取り上げて原告を被告から放逐するためになされたもので、解雇権の濫用として無効であると主張して、被告に対する雇用契約上の権利を有する地位の確認と解雇後の賃金の支払を求めた事案である。

第三争点に対する判断

一  当裁判所の認定した事実は次のとおりである。

1  被告は、被告肩書地のほか、大阪、名古屋、札幌等各地に営業所を有し、クリーニング業者向けの洗剤等の製造、販売等を主たる営業内容とする株式会社であり、株式会社ナスコは、被告が右の主たる商品の販売促進を主目的として全国各地のクリーニング店等にその営業上必要なハンガー等の商品を割安な価格で提供するために、これらのいわゆる販売促進商品を調達の上、被告に供給することを主たる業務内容として運営されていたものであり、大阪市北区西天満一丁目八番二号の被告大阪支店の一角に事務所を設けていた。

原告は、被告大阪支店に勤務していた昭和五四年ころから、株式会社ナスコの業務に関係するようになり、昭和五五年四月一日付で、被告から、「大阪支店ナスコ業務部次長」に任ずる旨の辞令を受けて、被告から賃金を受けながら株式会社ナスコの現場責任者をしていた。株式会社ナスコの代表取締役は、被告大阪支店長であった大熊導が長く兼任しており、株式会社ナスコ独自の従業員はおらず、被告に籍を有する原告が唯一の従業員として業務を行っており、大熊導が東京に転勤した後は現地には株式会社ナスコ担当者は名実ともに原告のみとなった。

株式会社ナスコが被告に供給するいわゆる販売促進商品の主たるものは、ワイヤー・ハンガーやスカート吊り等であり、株式会社ナスコは、これらを大阪市大正区内に工場(以下、「大正工場」という。)を借りていた信光こと光造博に製造させた上、被告の各営業所からの直接の出荷依頼に従って、光造博や運送業者に指示して現地に出荷させていた。

株式会社ナスコは、その株式を被告とその取締役らが保有しているというその資本関係からみても、その役員を被告の役員が兼任し、業務の実際の担当者が被告社員である原告のみであるという人的構成からみても、また、専ら株式会社ナスコのための販売促進の補助的業務を被告の方針と指揮の下に遂行しているという業務内容からみても、更に、その事務所の所在からみても、被告の営業の一部門ともいうべき存在であった。

株式会社ナスコの取り扱っていたいわゆる販売促進商品の製造については、もともとは、被告側で原材料を購入して光造博に販売、提供し、光造博が下請けに製造させた商品を買い上げるという方式がとられていたが、昭和五四年ころ光造博が右下請けの倒産に伴って一旦倒産したことから、その後は、株式会社ナスコが取得した機械、金型と原材料(もっとも、原材料の発注手続は、当初は、光造博から必要量を原告に連絡し原告が手配していたが、手配の遅滞が生ずるようになったことなどから、間もなく光造博に直接の発注手続を任せる扱いとなり、大正工場に納入された原材料の代金を株式会社ナスコで負担する扱いとなった。)を同人に提供し、電力料金や機械の修理費等の経費も同社が負担した上で光造博に製造させ、納品数に応じた加工費を支払う賃加工方式がとられるようになっていた。そして、右製品の製造、保管、出荷の手順をみると、株式会社ナスコからの逐次の発注を待って製造に取り掛かるのではなく、光造博が自己の見通しのもとに先行的に製造を進め、できあがった製品を大正工場や各運送業者方に在庫として保管し、原告からの出荷指示に従って直接被告の販売先に株式会社ナスコによる運賃負担で輸送するという方式がとられていた。なお、株式会社ナスコは、前記スカート吊り等を梱包する同社の社名入りダンボール・パッケージを他に製造させて購入する手続も光造博に委託しており、その購入代金は、光造博を介して製造元に支払う方法がとられていた。

2(一)  株式会社ナスコは、同社の社名入り右ダンボール・パッケージをもとは大日本印刷株式会社等に製造させて購入していたが、その後、順次、「タマヤ商会」、「倉島紙器工業所」という実在しない企業に製造させて購入しているかのような外形が作出され、その代金ということで、実際の代金額より高額の金員が、株式会社ナスコの手形等により、原告から光造博に対して支払われた。右の一連の操作が、当初、光造博と原告のいずれの主導によって始められたかの点は措き、原告がこれに関与していたことは次のとおりである。

(1) 光造博は、昭和五七年六月ころから昭和五八年一〇月ころまでの間、実際にはタマヤ株式会社に右ダンボール・パッケージを製造させて購入していたにもかかわらず、「東大阪市渋川町二丁目二番二八号タマヤ商会」と記したゴム印を作り、請求書や納品書に自筆で宛名、品名や実際の購入金額より高額の代金額などを記入し、右ゴム印を押捺して、あたかも「タマヤ商会」から右ダンボール・パッケージを実際の購入代金額より高額で購入してその代金の請求を受けたかのような外形を作出し、原告から、架空の代金額相当の手形・小切手(振出人・株式会社ナスコ、受取人・「タマヤ商会」、額面合計七一七万〇〇〇九円)の振出、交付を受け(手形の他への裏書に際しては、裏書人名として「タマヤ商会前田一郎」という名義が使用されたことが多い。)、「タマヤ商会」名義の前同様の領収書を作成するという工作を行った。原告は、この経過の中で、遅くとも右操作の開始から二、三か月後にはタマヤ株式会社の営業担当者を紹介されるなどして、現実の製造業者が同社であり、「タマヤ商会」は架空のものであることを知っていたが、光造博による右操作を黙認する見返りとして、同人が右操作によって得た利得の中から、現金を受領したり、同人と一緒に飲食するなどの利得を同人から得た。

(2) 原告は、光造博と共謀の上、原告が持っていた倉島化学工業有限会社代表取締役難波正の名刺を参考にして、「東大阪市森河内一五〇―一 倉島紙器工業所 代表者難波正」と記したゴム印と「難波正」名の印鑑を作り、昭和五八年一〇月ころから昭和六〇年七月ころまでの間、前同様に、実際には、右ダンボール・パッケージを株式会社明和紙器工業所に製造させて購入していたにもかかわらず、右ゴム印と「難波正」名の印鑑を請求書、納品書、領収書に押捺するなどして、あたかも「倉島紙器工業所」から、右ダンボール・パッケージを実際の購入代金額を上回る価格で購入しているかのような外形を作出し、光造博において、原告から架空の代金額相当の手形等の振出、交付を受け、これを株式会社明和紙器工業所に持参して差額を現金で取得するなどして、平均すると少なくとも毎月六万円ないし八万円程度生ずる利得を両名で折半した。

(これらについての原告の弁疏は到底採用しえない。)

(二)  光造博は、株式会社ナスコ所有の機械を使用し、電力料金等の経費も同社負担で、同社に所有権の帰属する原材料によって賃加工方式により製造し、専ら同社に納入すべき在庫商品であるスカート吊りやワイヤー・ハンガー等を、昭和六〇年四月ころから同年一一月ころまでの間、被告の元従業員である(三光こと)荒川賢二やニックス株式会社等に対して、ほしいままに相当回数にわたって販売し、株式会社ナスコの正規の出荷と同様、運送業者に指図して運賃は株式会社ナスコ負担の取り扱いで輸送させ、株式会社ナスコの社名入りダンボール・パッケージに梱包された状態で出荷した。このように光造博が出荷した製品は、既に株式会社ナスコのために製造されていた在庫製品であり、同人は右出荷による在庫の不足について、後に樹脂の原材料を自前で購入して製品を作って穴埋めをしたことがあるけれども、右の出荷を直接の目的として別途購入した原材料を用いて他と区別して製品を製造したことはない。かかる不正な出荷は、株式会社ナスコとしての売り上げがたっておらず、したがって代金の回収もなされていないにもかかわらず、運送業者からの株式会社ナスコに対する運賃の請求がなされていることにより、まず把握されるところ、同年四月以降、原告が株式会社ナスコの業務を現実に担当していたことの確実な同年六月までの間をみると、光造博からの出荷回数は四〇回程に上り、他に光造博の把握していない出荷も二〇回近くも存在する。そして、この中には運送業者に対する運送指示が原告でなければできないものも含まれており、また、光造博が運送業者に運送を指示した場合には間もなく運賃の請求が株式会社ナスコの原告のもとに振り向けられることから、直ちに原告において把握しうる道理であり、更に、原告は、同年五月ないし七月の各初日に大正工場に赴いて原材料と製品、更に株式会社ナスコの社名入りダンボール・パッケージの各前月末現在の在庫数量を実地棚卸により調査していたのであるから、現実の出荷数と原材料及び製品の在庫数量とを照らし合わせれば、在庫に多量の不足を生じていることは一目瞭然であり、また、前記荒川やニックス株式会社に対する出荷は株式会社ナスコの社名入りダンボール・パッケージに梱包した状態で出荷されていたのであるから、その在庫数の面からも正規の出荷以外に相当数の出荷がなされていることも明白であったことからすると、原告が右不正について少なくとも認識を有していたことは明らかである。したがって、原告は、少なくとも光造博の不正出荷の事実を知りながらこれを容認し、自らも運送会社の倉庫等に保管中の右商品について不正な出荷指示をして、これに加担したものである(これについての原告の弁明は到底採用しえない。)。

(三)  原告は、たまたまその名刺を所持していた幸収という人物が前に屋号として用いていた「日幸商会」という名称を冒用し、「合成樹脂原料販売日幸商会 寝屋川市高柳三丁目八―六」と記したゴム印を作り、右ゴム印を押捺して、昭和五九年一一月二二日付納品書、請求書、領収書、同年一二月一七日付納品書、請求書、領収書を偽造するとともに、これに見合う株式会社ナスコの出金伝票二通を作成し、あたかも株式会社ナスコが「日幸商会」から樹脂をそれぞれ代金一六万円で二度にわたって購入したかのような外形を作出し、株式会社ナスコの現金三二万円を領得した(これについての原告の弁明は到底措信しえない。)。

(四)  原告は、昭和六〇年七月、被告大阪支店支店長代理番唯喜に現金出納帳を引き継いだが、同月一一日に番唯喜とともに確認した際には、同帳簿上の現金残高が七八万七八八一円であったのに、株式会社ナスコの金庫内には二一万四五六九円しかなく、番唯喜に対して、差額は仮払金として正当に出金したものだと弁明しながら、同時に、一週間か一〇日くらいの間に現金と仮払伝票を持参するので伊藤鐵太郎には黙っていてくれと頼み、同月一七、八日ころ二一万三三一二円を、同月一八、九日ころ三〇万円を番唯喜に引き渡したが、遂に右伝票は提出しなかった。原告の右言動からみて現金の流用の疑いは濃厚であるものの、右現金出納帳の記載そのものが相当に不正確なものであるため、右引継ぎ時に真実存在すべきであった現金残高額を確定することはできない。

(五)  原告は、昭和六〇年、株式会社ナスコの経理事務の担当者として正規の会計原則に従って会計帳票類を作成、整理すべき職務を怠り、計上漏れ、違算等極めて杜撰な経理処理をしたばかりか、同年には総勘定元帳を作らず、同年四月以降普通預金出納帳の記帳をせず、月次試算表の借方、貸方の不一致を放置し、同年四、五月分についてはその作成を懈怠するなどし、同社の決算期が五月末であり、その法人税の申告期限が七月末であるところから、決算書作成に必要な会計帳簿類を同年七月前半には担当税理士あて送付すべきであったのに、これを怠り、同社の当該期末決算書の正確な作成を不能ならしめた。

(六)  原告は、昭和六〇年七月二二日から同年八月二五日まで無断欠勤を続けた(ただし、同年七月二三日は午前一一時三〇分ころから午後二時ころまで、同月二四日は午前一一時四〇分ころから午後一時三〇分ころまで株式会社ナスコ社内におり、同年八月二〇日は午後一時ころ同社に現れたが、これらが同社又は被告の業務を遂行するための正規の出社であることを認めるに足りる証拠はない。また、同月二六日は呼び出されて同社に出頭しているが、その際は本件解雇の通告とその説明を受けたにとどまる。)。(<証拠略>)

二  右一2の認定各事実について検討する。

1  まず、(一)について、原告は、当該ダンボール・パッケージの価格は従前の購入先からの仕入れ価格より安価であったから、被告ないし株式会社ナスコに実損は生じていない旨主張するが、たとえ右購入価格が従前のそれより安価であったとしても、現実に購入していたダンボール・パッケージの価格より高額の金員を支払わせた以上、損害がないとはいえない。

(二)について、原告は、出荷された商品は、光造博が、独自に調達した原材料を用いて製造したものもあり、また、株式会社ナスコの原材料を消費した場合にはその補充をしているから、出荷に際して要した運賃を株式会社ナスコに負担させたほかには同社に実損は生じていない旨主張するが、光造博が出荷した製品中には、問題の販売、出荷を目的として、別途購入した原材料を用いて株式会社ナスコ向けの物と区別して製造した製品はなく、販売、出荷された製品は、すべて予め株式会社ナスコのために製造されていた在庫品であることは前記認定のとおりである。そして、当該製品の製造に際して用いられた機械、原材料の所有者は株式会社ナスコであり、電力料金等製造経費の負担者も同社であって、光造博は単なる賃加工をしていたにすぎないのであるから、製造された製品の所有者も株式会社ナスコであるとみるべきであり、光造博による他への販売、出荷は、株式会社ナスコのために保管中の同社所有物をほしいままに流用したもので、右不正行為による被害は販売、出荷された製品全部であるといわなければならない。光造博が、出荷後不足の穴埋めのために原材料の補填をしたものは樹脂に限られるし、補填がなされたといえるものについても、機械の使用、機械の維持費、機械運転のための電力費、製品の梱包のためのダンボール・パッケージ、出荷に際して要した運賃等はすべて株式会社ナスコの負担のままであるから同社に生じた実損が少ないとは到底いえない。のみならず、前掲各証拠によれば、光造博の販売、出荷先は、被告及び株式会社ナスコと競争関係にある者らであって、これらの者が被告の取引先に競合的に販売したことが窺われるのであるから、その点をも考慮に入れれば、被告及び株式会社ナスコが被った実質的な損害は更に大きなものであったことを推認することができる。

そして、原告は、株式会社ナスコについての不詳事が直ちに被告の就業規則の関係規定に該当するとはいえない旨主張するが、株式会社ナスコと被告との関係は、株式会社ナスコが被告の営業の一部門ともいうべき関係であったこと、法形式上、両者は別人格ではあるものの、右のような関係を前提として、原告は被告に社員として在籍したまま株式会社ナスコの業務担当者を命ぜられ(辞令上の表示も「大阪支店ナスコ業務部次長」である。)、その業務を担当していたことに照らすと、原告の2(一)(1)、(2)、(二)の行為は、被告就業規則五五条(11)はもとより、同条(13)にも該当するものと認められる。

原告の(三)の行為は、右のような被告と株式会社ナスコの関係に照らすと被告就業規則五五条(13)に該当する。

(四)についての原告の弁明供述はそのまま措信することはできないが、本件全証拠によっても、被告主張の金額を原告が流用したことを確定的に認めることはできない。

(五)について、原告は、株式会社ナスコの代表取締役大熊導の解任等の出来事から原告が精神的混乱を来していたかのように主張し、会計帳簿類の作成の遅延は、原因がそこにあるので業務上の重大な失態とはいえない旨主張するようであるが、大熊導の株式会社ナスコからの離脱に与していないと主張する原告が、既に前年から株式会社ナスコに出社していなかった大熊導の解任によっていかなる混乱を生じたというのか不明であるのみならず、原告によれば、大熊導の解任を知ったのは昭和六〇年六月半ばのことであるというのであるから、同年四月以降を中心とする、右以前からの経理処理の疎漏の原因が大熊導の解任という出来事にあると考える余地はない。そして、当時の株式会社ナスコの業務内容に照らすと、株式会社ナスコの経理事務処理は、最も中心的な原告の職務内容であったというべきであるから、その点に前記認定のような問題のあったことは、株式会社ナスコの代表者の解任に至る経営者側内部での確執があったとしても、職務上の重大な失態とされることを免れることはできない。したがって、原告の右行為は被告就業規則五五条(1)に該当する。

(六)について、原告は、伊藤鐵太郎からの指示に従って欠勤したかのようにも主張するが、前示のように長期にわたる無断欠勤が伊藤鐵太郎の指示によるものであることを認めるに足りる証拠は何もなく、原告の右行為は、被告就業規則五五条(3)に該当する。

2  また、原告は、本件解雇が解雇権の濫用として無効であると主張するが、原告の行為の重大性に鑑みれば、本件解雇をもって使用者たる被告の裁量の範囲を逸脱又は濫用した不相当のものと目すべき事情を認めるに足りる証拠は何もない。

三  以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも失当である。

(裁判官 松本光一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例